連載の4本目となる今回は、「心のかさぶたに向き合う」をテーマとして取り上げます。本記事では、夫婦問題の奥にある心の根深い部分に向き合い、夫婦間で共有する手順をお伝えしていきます。夫婦関係の悪化の裏側にはそれらを引き起こしている感情・欲求があります。自身の感情・欲求を自覚してパートナーにさらけ出せるようになり、夫婦関係に夫婦で取り組める状態を作ることをゴールに置いて解説していきます。夫婦喧嘩が覆い隠す心のかさぶたこの記事のキーワードとして取り上げるのが「心のかさぶた」です。そもそも心のかさぶたとは何なのか、そしてどんな背景で生まれるのかを確認していきましょう。心の痛みを感じやすい敏感な場所小さい頃に転んだり擦りむいたりすることでかさぶたができる経験は誰もがしていると思います。傷口を守るために覆い隠すように形成されるのがかさぶたです。同じように、心を擦りむいたり傷ついたところに生まれるのが「心のかさぶた」です。別の言葉に言い換えると、心の痛みを感じやすい敏感な場所です。あえて"かさぶた"と表現しているのは、あらゆる人が心にかさぶたがあると認識していただきたいからです。大きな傷から小さなかすり傷まで、その大きさは人によって異なります。そして、その傷がどんな出来事や場面で痛むのかも、それぞれの経験や傷のでき方によって変わります。その人にとって重要ではない事項に対しては、人はあまり傷ついたり心を痛めることはありません。ですが、心のかさぶたはとても敏感な場所ですので、刺激をされると非常に強い反応が起こります。そして、再び夫婦喧嘩という落とし穴にハマってしまったり、勢い余って思ってもいない言動をしまったりするのです。心のかさぶたは大切な人との人間関係で生まれる心のかさぶたの多くは大切な人との人間関係で生じます。以前の記事で愛着理論についての解説をさせていただきました。大切な人に「くっつきたい」「助けてほしい」「安心させてほしい」という愛着への欲求が何度も無視された末の「見捨てられ感」が心のかさぶたを生み出します。ですので心のかさぶたを理解するためには、大切な人との過去の関係を紐解いていくことが大切になります。それは現在の配偶者の可能性もありますが、幼少期の両親との関係や兄弟・姉妹との関係が現在も影響していることも大いにありえます。以下は、心のかさぶたができるきっかけになりうる経験の一例です。頑張って褒めてほしかったのに、褒めてもらえなかった話を聞いてほしかったけど、聞いてもらえなかった自立することを求められ、甘えることを許されなかった厳しい指導や叱責が当たり前の環境で育った兄弟や姉妹と比較されてばかりで安心できなかったこのようにできた心のかさぶたは夫婦関係にも影響を与えます。夫婦関係は無防備で傷つきやすい関係ですので、パートナーの言動によって心のかさぶたが刺激されます。そして、以前の記事で解説をした「正面衝突」「抗議活動」「冷戦状態」といった夫婦喧嘩のパターンを引き起こします。夫婦喧嘩は表面的なもので、その裏側には心のかさぶたの痛みを避けたいという生存にまつわる欲求が起因しているのです。心のかさぶたを自覚し、パートナーの理解を得る心のかさぶたはトラウマとは異なります。強い外傷体験によってではなく、普段の生活で何度も繰り返した「見捨てられ感」が起因して生じる傾向にあります。「私には心の傷なんかない」と感じられる方も、無意識に感覚を締め出している可能性が高いです。現在の夫婦関係がうまくいっていないのであれば、心のかさぶたがあることの証だと捉えたほうが良いでしょう。また、夫婦関係は心のかさぶたを刺激する一方、良好な夫婦関係は心のかさぶたを癒やす鍵でもあります。夫婦関係を本質的に改善していくことは、心のかさぶたの痛みが和らぐことにつながります。夫婦関係の安定が自己肯定感やメンタルの安定につながるという研究は多数存在しています。そのために取り組むべきは、心のかさぶたがどのように生まれ、どんなときに痛むかを自覚することです。そして、パートナーと共有してお互いのソフトな部分を理解をし合うことが求められます。これらは一朝一夕にできるものではありません。自覚するまでに時間がかかったり、勇気を出して恐れを乗り越える必要もあるかもしれません。辛抱強く、以下の手順に取り組んでみてください。心のかさぶたに気づくための手順まずは心のかさぶたに気づくための手順を解説してきます。この手順はおひとりで取り組んでいただく想定で設計しています。すぐにうまくできるものではありませんので、ご自身と向き合う時間を定期的に作って取り組んでいただくのがおすすめです。ステップ①:具体的な出来事を振り返るいきなり心のかさぶたを自覚するのは簡単ではありませんので、実際の出来事を通して振り返りをしていきましょう。前回の記事でも夫婦喧嘩の振り返りをしていますが、今回はさらなる深掘りを進めていきます。まず、出来事の選定が大切です。心のかさぶたに気づくためには「感情が揺り動かされた出来事」に立ち返ることが大切です。これは感情的な怒りを露わにすることだけを指すのではなく、急に冷めて無関心・冷淡になったり、落ち着きがなく狼狽したりすることも感情が揺り動かされていることを示しています。また、明確な衝突だけではなく、パートナーとの関わりを締め出そうとするようなことも含まれます。出来事を選定したら、感情が揺り動かされた「きっかけ」と「反応」をノートに書き出していきましょう。きっかけについて・感情が揺り動かされる前はどんな雰囲気でしたか?・どんなきっかけがあって感情のバランスが崩れましたか?・パートナーが言った・したことは具体的に何ですか?反応について・身体に意識を向けましょう。そのとき、身体はどんな感じでしたか? └熱くなる、血の気が引く、胸がキュッとする、震える、呼吸が浅くなる・思考に意識を向けましょう。そのとき、どんな声や判断が頭に生まれましたか? └攻撃されている、身構えろ、冷静でいよう、逃げなきゃ・言動に意識を向けましょう。そのとき、どんな行動をとりましたか? └怒鳴った、泣いた、睨みつけた、無視をした、家を出たステップ②:裏側にある感情・欲求に気づく事実をもとにした振り返りから、よりソフトな部分の深堀りに移っていきます。ステップ2では、上記の反応の裏側にあるあなたの中の「感情」「欲求」に目を向けていきます。ここでご理解をいただきたいのが、感情の裏には欲求があるということです。人間は安全欲求、所属欲求、承認欲求などたくさんの欲求を抱えています。欲求と感情は強く結びついており、欲求が満たされているときにはポジティブな感情が、欲求が満たされていないときにはネガティブな感情が生まれます。つまり感情の発生や揺れ動きとは、何かしらの欲求が存在することを示しているのです。ですので、感情が動いたときには「欲求が何かしらのメッセージを発している!」と捉え、何が満たされていないのかに目を向けることが大切です。感情は押し込めるものでも誰かにぶつけるものでもなく、その奥にある欲求を吟味して消化するものです。その欲求に気づくことができれば、自然と感情も穏やかになっていくものです。上記を念頭に、ステップ1で振り返りをした出来事・反応の裏側にある「感情」や「欲求」をノートに書き出していきましょう。感情について・上記の出来事の中で、心の奥では何を感じていましたか? └悲しみ、怒り、恥ずかしさ、情けなさ、恐れ、嫉妬欲求について・その感情が示す欲求は何ですか?何が満たされなかったのでしょうか? └心の支え、安心感、注目、自己有用感、大切だという実感・パートナーに本当に伝えたい・理解してほしいことは何ですか? └自分は弱い存在だ、不安なときに助けてほしい、いつも孤独を感じるステップ③:心のかさぶたの背景をたどるステップ1,2を何度も繰り返すことで、普段の夫婦喧嘩や不和の裏側にある感情や欲求が見えてきたのではないでしょうか。ここまでを習慣化するだけでも、夫婦喧嘩の中で感情的になることが減り、冷静に状況を観察することができるようになっていきます。次の取り組みは、心のかさぶたの背景に目を向けることです。前述の通り、心のかさぶたは大切な人との人間関係で生じることが多いです。両親や兄弟との過去の関係かもしれませんし、現在の配偶者との関係の中で生まれたかもしれません。これまでの人生を振り返り、あなたの心のかさぶたができた背景を特定することは非常に有益です。なお、このステップはいきなり取り組むよりも、ステップ1,2を繰り返して情報が増えてきた中で取り組むことをオススメします。衝突のパターンや自身の感情・欲求が見えてきたうえで、これまでの人生を振り返りノートに書き出していきましょう。心のかさぶたについて・心のかさぶたは、どんなきっかけで(場面、言動、対象)で痛みますか?・心のかさぶたは、どんな欲求が生み出すものですか?・心のかさぶたが痛むとき、どんな感情が生じますか?・心のかさぶたが影響するのは夫婦関係のみですか?他の関係にも影響を与えますか?背景について・心のかさぶたが生まれた背景を思い出すことはできますか? └誰との関係でしょうか。両親?兄弟?配偶者? └どんな経験でしょうか。教育?発言?態度?・その関わりの中で今も影響を受けているメッセージはありますか?・その背景が現在の夫婦関係に影響を与えていると納得できますか?パートナーの理解を得るための手順ここまでのステップを通して、自分の心のかさぶたに自覚的になるだけでも大きく前進をしているはずです。夫婦問題はすぐにはなくなりませんが、ふと冷静に自分やパートナーのことを見ることができるようになってきたのではないでしょうか。とはいえ、自分だけが自覚するだけでは本当の安心を取り戻すことはできません。自分の心のかさぶたについてパートナーにも理解をしてもらうことで、感情的な結びつきが強まっていきます。そこで、以下ではパートナーの理解を得るための手順を解説していきます。ステップ①:パートナーに伝える準備をする心のかさぶたをパートナーにさらけ出すのはとても勇気がいることです。それは、さらなる痛みにつながったり、弱さを認めることが自分の魅力を落とすと考えてしまうからです。しかし、パートナーに自分のことを深いところまで知ってもらわなければ、強い結びつきを築くことはできません。そこで、まずはしっかりと伝える準備をして望みましょう。何を伝えるかも大切ですが、伝える場面を想像しながら心の準備をしておくことが大切です。「心のかさぶたに気づくための手順」で書き出した内容をもとに、以下についてノートに書き起こしてみましょう。心の整理:以下の質問を通して心の準備を整えましょう・心のかさぶたについて、パートナーはどこまで知っていると思いますか?・心のかさぶたについて、パートナーに伝えることの懸念はありますか?・心のかさぶたについて伝えたことで起こりうる最悪の事態は何ですか?・心のかさぶたについて伝えると、どんな気持ちや良いことが得られそうでしょうか?伝える内容の整理:これまでの気づきの内容をもとに埋めてみましょう・この前、【出来事】が起きてしまったよね ※相手を責めずに事実や流れを述べる・そのときに【判断】と考えて、【行動】をとってしまった ※必要によって謝罪も・実はその裏で【感情】と感じていた ※必要によってより具体的に・それは自分の中に【欲求】があることに気づいたんだ ※必要によってより具体的に・【欲求】が叶わないと【感情】を感じてしまい【行動】をしてしまう ※まとめ・それは【背景:誰】との関係での【背景:経験】に影響を受けている・これを乗り越えて良い関係を築きたいと思って、ちゃんと伝えることにしたステップ②:勇気を持って伝える伝える内容と心の準備が整ったら、いよいよパートナーに伝えていくフェーズに入ります。夫婦の間に不和がある場合、伝えることの心理的なハードルも高い可能性があります。適切に伝えられるように、伝え方も工夫してみてみましょう。伝える方法の工夫まず伝える方法については、特に問題がなければ口頭で話をするようにしましょう。夫婦でゆっくりと話せるように、お子さんが寝静まった夜中などが良いでしょう。また、ゆっくりとリラックスして話ができるよう、外出先よりもご自宅のほうが周りを気にせず良いかもしれません。口を開くとすぐに衝突してしまうといった場合、上記の内容が伝わるような手紙を書いて渡すことも効果的です。手紙であれば冷静に伝えたいことをすべて伝えることができますし、形に残るものなので本気度が伝わります。手紙は想いを伝える良いツールですので、口頭で伝えようと思う方も書いておいて損はありません。切り出し方の工夫何を伝えるかの前に、話をどのように切り出すかも非常に大切です。ポイントとしては、「関係をより良くしたい」「やり直したい」「仲直りしたい」という意志・熱意を明確に伝えることです。そして、その理由やそのための決意などもお伝えできると良いでしょう。(こちらは関係修復の心構えについての記事も参考にされてください。)次に、話の進め方についての説明をしましょう。「まずは自分の弱い部分に向き合って整理してきたので、それをシェアさせてほしい」「その上で、【パートナー】が話を聞いて感じたこと、普段感じていることを教えてほしい」といった流れで伝えるとよいでしょう。最後に、その流れで今話して良いかどうかを確認しましょう。パートナーの体調や仕事の状況などによっては今話すことがストレスにつながる可能性があります。パートナーに対して配慮を示し、その日が難しそうであれば具体的にいつなら話せそうかの約束を結びましょう。拒絶への工夫夫婦関係の悪化状況によっては、パートナーから話をすることを避けられたり、拒まれたりすることもあり得ます。そこに対しても想定をしておき、なるべく冷静に対処できるようにしておきましょう。まず、明確な嫌悪感を示された場合について。「何を今さら」「そんなの遅いよ」など、冷淡な態度をとられることもあるでしょう。言われたほうが辛いですが、我慢をして押し切るしかありません。ここではパートナーに本気度を試されていると考え、身を引かずに強く押し切るのが良いでしょう。「そんな気持ちになってしまうのも分かる。そんな風に感じさせてしまって本当に申し訳ない。でも、本気で変えたいと思っているから、話す機会を貰えないかな。」次に、話し合いを避けようとされた場合について。「仕事で疲れてるから」「子どもが落ち着いたときね」など、理由をつけて避けられることもあるでしょう。別日で約束を結んだとしても、約束を反故にされてしまうかもしれません。ここではパートナーが責められる恐怖感を抱えていると考え、安心感が伝わるメッセージを伝えると良いでしょう。「あなたを責めたいわけではなくて、弱い部分や願いをお互いに理解し合う場にしたいと思っている。至らない部分を知ってほしいし、もちろん、あなたについてももっと知りたい。」どちらのケースであれ、口頭だけではなかなか伝えることが難しい可能性があります。ここでも手紙でのアプローチは有効です。どんな想いをもっていて、どんな話をしたいのかを手紙を通して伝えておくことで、パートナーに本気度や安心感を示すことにつながります。ステップ③:パートナーへの理解に取り組むステップ2で話し合いの場を持つことができ、そしてパートナーに自身の心のかさぶたについて伝えることができました。ここで大切なのは、ただ伝えるだけではなくそれを踏まえてパートナーにも働きかけていくことです。そのために、より深い対話を進めていきましょう。パートナーから感想や質問をもらう伝えたことについて、パートナーはどう感じるたのかを確認してみましょう。初めて聴く話だったでしょうか、意外に感じたでしょうか、なんとなく知っていたのでしょうか。話を聞いてどんな気持ちになったのでしょうか。そして、せっかくなので質問も貰いましょう。あなたはこれまで話せていなかったことを伝えたので、質問にもしっかり対処することができるでしょう。過去の夫婦の不和の裏側にも心のかさぶたが作用していたことを理解してもらえるようにしましょう。パートナーの心のかさぶたの理解に取り組む続いて、パートナーの心のかさぶたを理解することにも取り組みましょう。パートナーに心のかさぶたという言葉やこれまでに取り組んだ手順を説明できますか?これまで取り組んできた手順をもとに、パートナーの心のかさぶたを明確にすることはできますか?いきなりパートナーの心のかさぶたを明らかにするのはハードルが高いので、まずはこの記事をパートナーにシェアすることも有益でしょう。パートナーにも読んでもらい、同じ手順を踏んでもらったうえでパートナーの心のかさぶたを理解する場を別日で設けても良いかもしれません。まとめ本記事では心のかさぶたに向き合う方法を解説しました。もしここまでの手順に取り組むことができれば、ふたりの弱い部分をお互いに理解できるようになり、夫婦の関係をより良くしようという取り組みのきっかけになっていくはずです。夫婦関係の修復では大抵の場合、問題意識のある夫婦のどちらかがきっかけを作ることになります。しっかりと取り組むためには、時間も勇気も必要になるでしょう。本記事の内容は時間をかけて着実に取り組むべき内容になっていますので、急がず無理せずに少しずつ取り組んでいってくださいね。